『隣は空席』(鉄コマSS)

鉄コマを書く、と書いたのは去年だったような気が…orz
書き始めたのはいいけれど、鉄平描くの難しいよ…。(描けてるかなぁ…)
あ、鉄コマというか、鉄→コマです。
 
今後、書きかけの小説の予告はしないようにします…。
 
 
『隣は空席』
 
 
『IDカードに問題があります。センターにてカードをご確認下さい』
グルメタウンの入口で入場者の列が止まり、苛立つ輩の先頭で、戸惑う声が聞こえる。
「え?三ヶ月前に更新したばかりなのに…」
あーあ。カードを強く曲げたり強い磁気が加わったりするとデータが壊れることがあるんだよ。そう助言したくても(する気はないが)元凶の人物は小柄なのか頭すら見えない。
徐々に大きくなる怒号に、謝る声が横にずれた。
「き、今日はもう帰ります。すみませんでした…」
ようやく視界に入った人物は、よく知った人物だった。
「あれっ小松くん?」
「あ…!鉄平さん!」
見えないはずだ。小松くんだった。
 
 
「カードはあまり持ち歩かないので、曲げたり熱が加わったりはしてない筈なんですけど…」
カードを眺めながらチェックする姿が小動物のようで可愛らしくてしばらく眺める。
「…鉄平さん?」
おっと。小動物は失礼だな。
「――ああ、小松くんの場合はきっとスープの特許の関係だよ」
「えっ?センチュリースープは、特許申請してないですよ」
「特許取ってないことが逆に問題なんだ。レシピ特許申請“可能該当者”には特例で一部免除される項目があるんだ。咀嚼物からスープのレシピが漏れないように、保護されるんだ。パッチ氏の訪問後に重要事項変更の要請が来ていた筈だけど?」
「…色々と忙しかったので…」
「まぁ、オレがいて良かったよ」
受付で面倒な手続きをするよりも自分の特権で入場させた方が早かったので同伴という形で入場を済ませた。
「鉄平さんのおかげで助かりました」
「ただ悪いけど、退出まではオレが同行させて貰う」
「当然のことです。むしろ鉄平さんの予定をボクが潰してしまって申し訳ないです」
もともと暇つぶしで来てたんだから、好きで同行を買って出ただけなんだけどね。
「構わないよ。小松シェフとデート出来るなんて光栄だ」
「デートって…。…あ、なら鉄平さんに付き合ってもらいたい買い物があるんですけど!」
連れられた場所は、グルメデパートのキャンプ用品売り場だった。
「鉄平さんなら専門かと思って」
オレ、キャンプするような人間だと思われてるのかな?
小松くんが足を止めたのは、ハンディタイプの水の浄化装置の売り場だった。
「うーん、浄化装置じゃあないんですよね…」
「何探してるの?」
「涌き水とかが飲用可能かどうかを調べる道具が欲しいんですけど、どこを探せばいいんだろ…」
「ハント先で使うのかな?」
「はい」
「トリコ達なら飲めばわかるだろうから、その場で聞けばいいのに」
「お手を煩わせたくはないんです…。それに、トリコさんはあまり気にしないで水を飲みますし、ココさんは…その…必要以上に心配しちゃって…。サニーさんはそもそも持参した美容飲料しか飲みません…。だいたい、グルメ細胞とやらで、水に当たるなんてない人達ですから…」
「なるほど」
「だから自分で調べられればいいなぁ、と思って探しに来たんです」
「お腹弱いんだ?」
「あ、いえ…ハント先では水を出来るだけ飲んでおきたいんです。その食材が育った土地の水を飲めば、料理に生かすことができますから。本当は持ち帰りたいんですが、水を持ち帰るのにも限界がありますし…」
――知っている。
奇しくもその考え方は再生屋に通じるものがあった。絶滅危惧種の生き物を再生や繁殖させるには、生まれ育った環境をまず整えなければならない。オレは命を頂く美食屋や料理人と真逆の立場だが、この小さな料理人と志は同じだと思うと誇らしかった。
「どうしたんですか鉄平さん?眉が更に下がってますよ」
「あ、いや。え…と、水の検査だね。ならオレの道具を分けてあげようか。この検査紙ならコンパクトで持ち運びに便利だし、水に浸すだけで簡単に飲用の判別できるし硬度もわかるんだ」
胸ポケットから付箋紙状の検査紙を取り出す。
「そんな…頂けません!」
「お試し品ってコトでさ。ハイ10…いや、5枚どうぞ」
「でも…!デパートで売ってないってことは…再生屋専用の道具なんじゃないですか?そんな貴重なもの、頂けません」
「レストラングルメのディナーくらいの値段だから気にしない気にしない」
「!!じゃあ今度ディナーをご馳走させて下さい!」
少年のように輝く笑顔がかわいいなぁ。
ディナーの誘いが誘導された言葉だって気づいてる?検査紙の量を減らしたのも、早めに会いに来てもらうためだってわかってる?
俄然興味が沸いてきた。
この料理人の隣は心地好い。
美食屋連中は自覚していないみたいだけど、あいつらが立っている位置は小松くんより高い位置だ。高い位置から彼に向かって手を伸ばしているだけに過ぎない。
オレは違う。
お前らが空けたままの、対等な位置――この隣に立たせて貰う。
「ディナーの時には鉄平さんのために、水と食材を生かした料理をお出ししますから!」
「……」
…やはり隣席は空けることになるのかもしれない。
オレは…そうだな。一段下の位置に陣取ろう。
そしてさらに跪いて。それでもまださほど揃わぬ視線を小さな料理人に向けて。気に入ったよ、と告げたらどんな顔をするんだろう。
「来週はトリコさんとのハントがあるので、再来週あたりで鉄平さんの予定が空く日はありますか?」
「…何を捕りに行くの?」
「え…あ、『珊瑚胡椒』…とか言ってました」
淡水の湖に育つミネラル豊富な胡椒だ。レストラングルメのメニューと、小松くんの腕がまた一段階上がるに違いない。
「じゃあ、再来週の火曜日のディナーを1名予約で」
「はい!」
「…隣の席は空けておいてね」
「えっ…予約の方に相席のお願いはしないですけど…?」
「いや何でもない」
小松くんはちょっと困った顔の後、笑顔を見せた。
俺のペース、わかってきた?
小さな達成感から小松くんとの距離を測ってみる。
 
隣までのその距離すら、愛しく思えた。
 
 
END