『闇の中の幽霊』(5)

半パラレルです。
小松の職場が違います。あとは原作ベースです。
 
 
 
 
『闇の中の幽霊』
 
(5)
 
 
小松の部屋は匂いですぐにわかった。
個室だったのは意外だったが、それもすぐ納得した。
幾人もの男の残り香。
個室すらも小松には安息の場所ではなかったのだ。
目的であるロッカーを開けると、まずは目に付いた替えらしき黒服を跡形もなく引き千切った。
着替えを適当に掴み、自分の部屋に向かう。
 
 
 
ベッドに小松を横たえる。
いつも自分の手足を余らせているベッドは小松をすっぽりと包み、ダブルのように広く見えた。
「小せぇ…」
濡れタオルで身体を拭いてやる。
「――小松」
助けた筈が、再び闇に突き落とした。
己の小さな欲望のせいで、小松を再び凌辱の中に戻らせた。
自分がとどめを刺したのだ。
 
ぴくりともしない身体に、このまま目覚めないのではないかと不安になって、全神経を生を探るのに集中させる。
かすかに聞こえる呼吸音は、自分を責めているようにも聞こえた。
 
 
 
東の空が白み始めた頃、小松の瞼が揺らいだ。
「…?」
見慣れない天井に、戸惑う小松。その様子に昨夜の面影はなかった。
「起きたか?ここはオレの部屋だから安心しろ」
「トリコさん?」
「どうしてボク、トリコさんの部屋に…?ていうか、今何時ですか?朝食の支度しなきゃ!」
起き上がろうとして布団を除け、違和に気づく。
「え…なんでボク裸…」
心からの戸惑いだった。
「そうやって、無理矢理忘れてきたのか」
でなければ、耐えられなかったのだろう。
「何、を…言ってるんですか?」
「全部知ってる…幽霊はもう出ない」
 
 
 
「いつもの、夢かと思ってました。誰かがあの闇から救ってくれる夢…本当にトリコさん、だったんですね」
暴れられるかと思った小松は、意外にも冷静に話をしてくれた。
「あいつらの事はIGOに報告しておいた。港で全員解雇されるだろう」
「ありがとうございました」
「礼を言われると困るんだがな」
「え?…あっ」
「やっぱ…覚えてるんだよな、ヤりかけたの」
「何となく、ですけど…。でもあれはトリコさんがボクの事を考えてくれた結果なんだと思います!…最後までしたんですか?」
どうやら完全に覚えているわけではないらしい。
「してねぇ」
短い言葉でそう伝えれば、小松はあからさまにホッとした。
「…やっぱ、そうだよな」
「えっ?」
「あ、いや…。小松、信頼できる奴がいるなら、下船までそいつの部屋に移動した方がいい。逆恨みされないとも限らない」
「トリコさんと…リンさんだけですよ」
寂しい笑みだった。
どれだけの間、闇の中にいたのだろう。
「…じゃあ、寝るときはこの部屋を使うか。鍵もかかるしな。お前の部屋はオレが使うから」
「居て…くれないんですか?」
「…覚えてるだろう?オレも奴らとそう変わらない」
「トリコさんなら…いいですよ」
「そういう言葉を軽々しく言うんじゃない」
少しの沈黙のあと、小松はベッド脇の着替えを手に取り、オレを見た。
「…厨房に行きます」
「っと、付いていく。オレが居れば大丈夫だろ」
下船までは付きっきりになるつもりだった。――夜を除いて。
 
 
 
 
「トリコ、小松さん何かあったの?」
同じく食堂に居続けているリンが小声で聞いてきた。
「…なんでそう思う?」
「珍しく遅刻してたし…他の船員さんも変な感じだし…あとは、なんとなく」
女のカンか。
だがそのカンは間違っていると言いたかった。
何かあった、のではない。
今までが異常だったのだ。
毎日男達の慰み物になっている小松が“普通”などであってはならないのだ。
「リン、明日港に着いたら小松はオレ等と一緒に船を降りるからな」
「え?そうなの?…研究所に引き抜いたの?」
「…それもいいな」
「やったー!これから毎日小松さんの料理が食べられるんだ!」
「酔いどれ親父んトコか…それよりもウーメンのトコのが良さそうだな」
視界の隅の小松は何事もなかったかのようにくるくると働いている。
昨日ぶちのめした奴らから何か聞いたのか、他の誰も小松どころかオレ達にも近づいてこなかった。
リンも何かを察したのか、小松に関してはそれ以上何も言わなかった。
「明日は港かぁ…」
 
 
 
 
続く
 
もしかしたら全7話になるかも…。←今ごろ?!