『闇の中の幽霊』(3)※R18

半パラレルです。
小松の職場が違います。あとは原作ベースです。
 
※一部に、暴力的ともいえる表現があります。ご注意ください。
※R18要素があります。
 
 
 
 
『闇の中の幽霊』
 
 
(3)
 
 
会わないようにすると、余計に会ってしまうのは、どうにかならないものか。
しかも今夜はよりによって逢い引きの瞬間を見てしまった。
船員の部屋、しかも4人部屋に入っていくところは、できればあまり見たいものではなかった。
幸いなのは、いつも幽霊の後ろ姿しか見ていないことだ。幽霊とはいえ、オレに姿を見られてはさすがにバツが悪いだろう。
「気になるなら、明日あたりトリコさんの部屋に寄越しましょうか?」
背後にいた男には気づいていた。確か資材管理部長だった筈だ。
「いや、いいさ。まだ死にたくはないからな」
「はは…噂どおりならとっくに死んでますよ」
“とっくに”?
何かが引っかかった。
「…どういうことだ?オイ」
リンが幽霊の事で騒いでから、確かに3日は経っている。が、「とっくに」と言うにはいささか短いのではないか。
「え、あなたほどの嗅覚の持ち主なら、もう気づいているのかと…」
嗅覚。
そこでオレは気が付いた。
幽霊の匂い。
身体から男の匂いがするのは当然だと思っていた。
が、なぜ気づかなかったのだ。
幽霊から女の匂いがしなかった事に。
「男、か」
それも。
「――小松」
オレが会った船員の中であの身長に該当するのは小松しかいなかった。
一緒に過ごす時間が長いと、ある程度嗅覚は麻痺する。それだけ小松の匂いは身近になっていた。
――意識して探れば、廊下に小松の残り香を感じる。
同時に嗅ぎ取れてしまう、数多の男の欲の証。
 
正直、オレは落胆していた。
職業に貴賎はないと思っている。
娼婦だって、何人も抱いてきた。
しかし自分が認めた料理人が女装して客を取る姿は、受け入れる事が出来なかった。
オレが知る小松は料理の事しか頭にない料理バカで、人を喜ばせるために一生懸命になる根っからの料理人だった。
「はは…」
どちらも人を喜ばせる仕事なのかもしれない。
人間の三大欲のうち、一人で食欲も性欲の二つも満たすたぁ、大したヤツだよ、小松。
「何なら、覗いてみます?」
乾いた笑いを勘違いしたのか、男が船室の扉を指差す。
拒否は、しなかった。
 
 
 
 
部屋は、鍵もかかっていなければ、明かりも落とされてはいなかった。
重い扉は、開ける際に少しの音を立てたが、中にいる人間は誰も気にしないようだ。
隙間から様子を伺う。
意外にも、裸のヤツはいなかった。
ズボンの前を寛げただけの男達と、4人に囲まれている黒服の幽霊――いや、小松。
金髪のカツラも、黒のベールもそのままで、顔もほとんど見えないのに、もう小松にしか見えなかった。
ベッドに腰をかけた男の股間に屈んで顔を埋め、男根を両手で扱きながら口で奉仕をする。たどたどしさは微塵も感じない。尖らせた舌で裏筋をつつと舐めあげ、亀頭を口に含んで頭を上下させる姿は、紛れも無い娼婦のものだった。
足元では別の男がロングスカートをたくし上げて小松の身体に覆い隠さり、揺さぶっている。
痴態としか言えない風景に、オレは少しも興奮しなかった。
小松の顔がベールでほとんど見えないのが僅かな救いだった。いや、果してそれは救いだったのだろうか?
屹立した赤黒い男根を扱く手は間違いなく小松の手だった。どんな素材も素晴らしい料理に変える魔法の手。水仕事で荒れ、包丁だこのあるその手を小松は誇りだと言っていた。
「好きだぜ」と褒めた時の破顔が今、あのベールの下にあるのかもしれない。
両手を軽く上げて男に「もういい」と合図を送る。
扉を閉めると男は勿体振った言い方で話し掛けてきた。
「明日はオレの単独の予約なんですけどね、トリコさんに譲ってもいいですよ?」
下卑た表情は、暗に金銭を要求しているのだろう。
「オレはあいつの料理しか興味がねぇよ」
だがもうその興味も薄れていた。
あの手で明日、包丁を握るのか。いつもの笑顔で配膳をするのか…。
食事の事を考えて憂鬱になったのは初めてだった。
「そうですか?いい仕事しますよ?なんせ、皆でイチから仕込みましたから」
 
「…なんだって?」
元から“そのため”に乗船した料理人ではない?
「最初は…まぁ、酒の勢いっていうか…ほら、あいつはあんな女みたいな身体つきでしょう?皆飢えてたんですよ。何度かするうちにあいつも観念したみたいだし」
“何度かするうちに”?
“観念”?
「心配しなくても、あの服着てれば顔も見えないし、後ろからならほとんど女抱いてるのと変わりませんよ」
鳴かないように教育しましたからね、と言い終わらないうちに男の身体が宙を舞った。
鼻骨の折れる音は不快だったが、あと4回程聞かなくてはならない。
 
 
 
 
続く
 
 
更新ペースが遅くてすみません。
えーと、今のところ全6話の予定です。